(Y)Long Time No see
ごきげんよう。Yである。
2017年7月17日が私の最後の皆様への情報提供だったことは言うまでもない。
そして、何を隠そう、本日は2019年6月8日なのだ。
経過した月日たるや、691日。長らく留守にしたことをお詫びする。
※この日数はわざわざMAC搭載の計算ソフトNUMBERSを使用して計算した。
計算するにあたっては1分ほど頭を悩ませた。1ヶ月30日で近似した月日数を経過月に掛け算して出しても数字にリアルさがなくて面白くないし、1ヶ月が何日か月ごとに計算して足していくのは効率的とは言えない上に、そもそもその結果計算される691日という数字は100円で売れるものでもなく、OUTPUTとしては限りなくゼロに近い、すなわち投資効率は0もしくはマイナスとなる作業をしなくてはならないからだ。
こういうことをしなくてはならないから、私はブログを更新できずにはいられなかったのだろうか。それとも、2018年度はフィリピンで一年間過ごし、情熱的なフィリピン人女性のケツを追いかける以外に脳みそのチップが機能しなかったからだろうか。
何れにしても、せっかく計算した691日とはなんともわかりにくい。
わかりやすく直してみよう。これではどうだろう。
1年10ヶ月22日
いいではないか?かなりわかりやすい。
※少し勘のいい人ならわかるが初めからこうすべきだったのだ。 しかも上記計算をNumbersでどのように行ったかという質問は受け付けない。 なぜなら、面倒になってGoogleで検索したら完璧に計算してくれるWEBSITEをすぐに 見つけてくれたからである。まあみなさんもその気になればすぐに見つかるので探してみてくれ給え。
そもそも、先ほど2名のサラリーマンが道を聞いてきた。
”牛田駅はどこですか?”
美人なおねいさまがたに聞くのならわかる。
Googlemapを見れば一瞬なのに、わざと話したいがためにスマホを持っていないふりをしてやれば、おねいさまがたとお話しできるからだ。
しかし私は色黒で黄緑のシャツをきた平成生まれのジャンキーだ。ヒゲも剃っていない。
もしや、ガラケーを使っているのか??そんなサラリーマン、仕事ができるわけがない。将来はない。
もしくはスマホの電池がなくなったのか?まだ午前11でもうなくなったのか??
お願いなので新しいスマホを買って欲しい。
聞かれた瞬間笑顔でボンクラ2人の行き先を詳しく教えてあげて笑顔で送り出したわけだが、内心私はこんなことを考えているので、はっきり言ってサイコパスなのかもしれない。
もし、ボンクラ二人が駅を見つけられず戻ってきて再度道を聞いてきても嫌な顔1つせず、きちっと道案内をしてあげられる自信がある。
ただし、内心、”コイツらは奈良公園で落ちている鹿のフンと、賞味期限が切れたチョコベビーを区別する処理能力もないのか?”とか考えてニヤニヤしてしまうだろう。
さて、話をレールに戻そう。 1年10ヶ月22日前の自分は何をしていたのか?何を考えていたのか?それを知りたい。今と何が変わったのか。
、、Gooleカレンダーが便利だ。
・二輪免許取得の為に教習所通い
・2018年1月の渡比へ向けて、予防接種を12本
・スリランカ一人旅
・ティッシュ、柔軟剤買う
・引越し
・レレレレッスン
・DMMEnglish
この辺りが書かれていた。
まあ、せっかく免許を取り購入したバイクは現在バイク王の業者間オークションでバイヤーたちの熱い視線を受けていることだろう。 スリランカは先日テロがあり今も宗教対立が激化している。 穏やかな仏教国な印象を受けていたが、、、2年前に行っておいてよかったものだ。 レレレレッスンに関しては全く覚えがない。何を学んだのか。
Googleには、私がティッシュを買ったことまでバレているのでもう奴隷にでもなるしかないようだ。
とにかく、割と忙しかったようで、何がしたかったのかはよくわからなかった。
そういえば、共同経営者、Tとは11月のクソ寒い時に山奥の温泉旅館に行ったことを覚えている。小説家HKも同行した。 ちなみに、本日もこれから彼らとboard gameで一戦交えようというところだ。今も以前も変わらず、おなじ奴とおなじことをしている。。。
何も変わっていない???
当時24歳だった私は、現在26歳な訳だが、何も変わっていない可能性を感じた。 けして月日を無駄にしているわけではない。 細かいところの変化は確実にある。 お金がたまったり、住む場所が変わっていたり、ちょっと英語が話せるようになったり。 しかし本質的な、こやって過ごす時間が好き。みたいな価値観は全然変わっていないのである。
以前、価値観が変わる=成長。みたいな感覚があったので、価値観が変化しないことに焦りを感じることがあった。 しかし今こうして2年が過ぎて思うのは、もはや海外に一年住む、みたいなことをしてしまうとよっぽどのことがない限り価値観が変わるほどの刺激にはならないのかもしれないということだ。 多少嫌なことがあっても、最高に嫌なことの新たなレベルができたことでもはやそれが誤差のようになってしまったのはいい事だろう。
昨年度、比国で何があったかはもはや日記をみなければ細かく思い出せない。
1つ思い出すとすれば、滞在していたコンドミニアムの近くにある戦死した米兵の墓地アメリカンセメタリーの中央広場にあるベンチに座って飛行機とか、スラム街と高級住宅地、森林と山脈、雨の町の交差点を眺めて過ごした時間だ。空港が近いのでたまに滑走路から飛び立つ飛行機の音もすごくよかったしとにかくクソ暑いフィリピンで唯一涼しい乾燥した風を感じることができる場所のような気がしていた。人が全然いなかったのもよかった点かもしれない。 観光客がわざわざ足を運ぶほどの場所ではなかったのだろう。 一人でぼーっと考え事をするにはこれ以上の場所はなかったが。
あまりにも仕事は忙しく、細かい記憶が散り散りで整理できないし、プライベートでも大半の時間はアフリカ人たちのサッカーに参加したり、ピーナちゃんとの旅行やなんやらと過ごしていたのであんまり思い出せない。英語で会話したことなんて日本語よりも忘れやすいし、そもそも思い出してもここに書けない事が多い、、、
ま、一人の時間をたまには過ごした方が良さそうだ。 記憶に残っているのはそんな時間なので。
といわけで、土曜日の午後一、曇り空のもと北千住のオープンカフェのテラスで一人の時間を過ごしてみているのが今だ。
1時間ほどでやっとこさ、この情報共有を書き上げたわけだ。
また、月に一回ぐらいは書いていければ良いと思う。
乞うご期待。 では、ごきげんよう。